生体内のおけるエネルギーの流れをあつかう学問である生体エネルギー論。エネルギー代謝やエネルギー供給機構・供給システム等とも呼ばれますが、なかなかわかりにくい学問です。
第1回目は、概論および理解しておくべき必須の専門用語の説明をしました。今回は無酸素性代謝のATP-CP系についてまとめましょう。
生体エネルギー論の基礎に関する記事はこちらを参照してください。
生体エネルギー論(bioenegetics)・エネルギー代謝論とは何か?
復習になりますが、
主に糖質、脂肪、タンパク質などの化学エネルギーを持つ主要(3大)栄養素から、生体内で利用可能なエネルギー形態(ATP:アデノシン三リン酸)への変換について学ぶのがエネルギー代謝論です。
人間(細胞)が運動、ひいては生命活動をするためにはエネルギーが必要です。ほぼすべての細胞において直接の動力源(エネルギー)はATPですが、体内にATPは少量しかないので、代謝して作り出すことになります。その基になるのが、糖質、脂肪、タンパク質等エネルギー基質です(3大栄養素は、直接のエネルギー源(筋肉を動かすもの)では無い)。
エネルギー代謝の分類
エネルギー代謝は、無酸素性と有酸素性に分けられ、さらに無酸素性は、ATP-CP系と解糖系に分類されます。
一方、有酸素系は、酸化系と電子伝達系に分けられます。
- 無酸素性エネルギー代謝
- ATP-CP系
- 解糖系
- 有酸素性エネルギー代謝
- 酸化系
- 電子伝達系
無酸素性エネルギー代謝は、無呼吸での運動を意味するのではなく、ATPを合成する際に酸素を必要としない代謝経路のことです。ある程度強度の高い運動時にしか発動しません。人によっては一生使わないかもしれないレアなケースです(さすがにそれは無いですかね?)。
今回は、無酸素性代謝の中のATP-CP系に焦点を充てたいと思います。
ATP-CP(Phosphagen)系の特徴~最強の運動強度
ATP-CP系は、体内に少量あるATPを直接エネルギー源として使うため、
- 最も強度の高い運動で使用される
- 運動の最初に使用される
- 短時間しか使用できない
等の特徴を持ちます。
最も強度の高い運動
ダッシュやウエイトトレーニングの高負荷(3RM以下レベル)などは、体内のATPを直接エネルギーとして使います。それでも1秒程度で枯渇してしまうので、CPを利用してATP再合成に充てます。それでも7~8秒で枯渇してしまうレベルの運動がATP-CP系です。
運動の最初に活用される
マラソンなどの長距離持久系の競技や運動の場合、ATP-CP系の比率は非常に低いですが、全く使用されていないわけではありません。
すべての運動の開始時はATP-CP系が活用されています。0から1のためには大きな力が必要になります。車ならローギア(マニュアル車に乗っていないと分からないかもしれないですね(^^ゞ)に相当します。
高強度運動は短時間しか動けない
当たり前のことですが、全力運動は短時間しかできません。理論上は7~8秒と言われていますが、それ以上の運動を続ける場合はどんどん強度が低くなってきます。
例えば、全力から徐々にスピードが落ち、ジョギングレベル、歩行、さらには止まる。といった現象は、最初はATP-CPが使われているが、徐々に有酸素レベルにまで強度が下がっていることになります。止まってもしばらくして動けるのは有酸素系代謝でATPが産生されるからです(詳細は、有酸素系代謝の記事で)。
マラソンは非常に過酷な競技ですが、言い換えれば、運動時間が長いからきついわけです。長く動けるということは、強度自体は低いことを示します。強度という観点から観ると、マラソンの強度は最も低いレベルということになります。
ATP-CP系の代謝経路(反応)
*アデノシンはアデニンとリボースの化合物
ATP-CP系の反応は、加水分解で
・ATP→ADP+Pi+エネルギー(酵素としてミオシンATPアーゼが必要)
ATP(Adenosine Triphosphate)はアデノシン三リン酸のことで、アデノシン(アデニン+リボース)という物質に3つのリン酸(Pi)が結合してできるリン酸化合物です。リン酸が遊離する際に大きなエネルギーを発生します(このエネルギーが筋肉を動かします)。
しかし、体内のATPはすぐに枯渇してしまうので、ADPとCPが合成してATPを再合成する必要があります。
・ADP+CP→ATP+Cr(酵素としてクレアチンキナーゼが必要)
ADP(Adenosine Diphosphate)はアデノシン二リン酸のことで、このままではエネルギーとしては使用できないので、今一度リン酸と結合しようとします(ATPに戻る)。その際に必要なのがCP(Creatine Phosphate)クレアチンリン酸です。
言い換えると、ATPは現金や電子マネー、CPはATM(預金)やチャージ機能となるでしょうか。
この反応には、ATPとCPが大きく関わっているので、「ATP-PC系*」と言います。一部、ATP-PCr(PhosphoCreatine)系と表記するテキストもあります。
また、ATPはアデノシン三リン酸、CPはクレアチンリン酸というリン酸化合物です。リン酸化合物のことを「Phosphagen:フォスファゲンやホスファゲン」というので、「Phosphagen系やリン酸化合物系」とも言います。
また、同じ無酸素性代謝ながら、解糖系は代謝過程で乳酸を発生するので「乳酸系」とも言いますが、APT-CP系は乳酸を産生しないので「非乳酸系代謝」です。
理論上、ATPが枯渇すると、筋活動はできなくなりますが、ATPは細胞の機能維持に必要なため全く枯渇することは有りません(NSCAのテキストには、筋疲労により、ATP濃度は運動前の50~60%まで減少するとあります)。むしろ、CPが枯渇することで、ATPを再合成ができなくなります。
図:ATPとCPの量の変化のイメージ
よって、サプリメント(エルゴジェニックエイド)としてクレアチンを摂取する人が多いわけです。クレアチンはよく筋力向上のためのサプリと言われますが、クレアチン自体に筋力を上げる機能は無く、遊離リン酸と結合してCPとして活用され、ATPをより効率良く再合成するために必要となります(動物実験では、クレアチンの大量摂取によりクレアチンリン酸濃度を約10%できるという報告があるようです)。
クレアチンの摂取は、ハイパワーの持続力の向上となります(CP濃度20%増加で2秒の持続力延長、7~8秒だったものが10秒まで持続可能ということ)。
少し難しいですが、石井教授の著書に、以下のことが書かれています。
「ADP濃度が高まると、ATP分解時に得るエネルギーは少なくなります。CP濃度が高まるとADP濃度は減るので、このエネルギーが増加します。よって、クレアチン摂取は単発パワーの向上に直接影響も可能性があるようです。」
クレアチンが直接筋力向上に役立つ理由として、頭の隅に入れて置いてもいいですかね。
ATP-CP系の運動
ATP-CP系は最強の強度なので、ハイパワーが必要となるスポーツで使用率が高くなります。
表. ハイパワー競技のATP-CP系の比率(依存度)
競技スポーツ | ATP-CP系の関与率(%) |
ダイビング | 98 |
50mスイム | 98 |
ゴルフ | 95 |
100m/200m走 | 95 |
ウエイトリフティング | 95 |
アメリカンフットボール | 90 |
体操 | 90 |
ラグビー | 90 |
バレーボール | 90 |
陸上(フィールド競技) | 90 |
レスリング | 90 |
バスケットボール | 85 |
野球 | 80 |
サッカー(キーパー・FW) | 80 |
100mスイム | 80 |
400m走 | 80 |
バドミントン | 80 |
出典:ストレングス&コンディショニングⅠ(理論編)@NSCAジャパン(大修館)
上記の表は、競技スポーツのATC-CP系の割合の高いハイパワー競技です。この数値は大変良い目安にはなりますが、すべてを鵜呑みにしてはなりません。実際、この割合を数値化することは難しく、最近のテキストでは、「高い」「中程度」「低い」等やや抽象的な記載をします。
それと、表ではスポーツ種目だけが記載されていますが、その競技のいち動作であることが多いです。
例えば、ゴルフはあくまでもドライバーやアイアンのフルショットのことです。ゴルフ全体でとらえると、ショット間は歩くことになり、1ラウンドに4~5時間を要するので、有酸素能力が非常に重要になります(心肺持久力はほぼ要りませんが)。
野球も然りです。投手以外は、平均4打席で5~10スイング(およびその際のラン)のときのみATP-CP系が使用され、守備時はほぼ有酸素系です。
ダイビング、ウエイトリフティング、体操の跳馬、サッカーのキーパー等は、ATP-CP系の比率がかなり高いことはわかりますが、レスリング、バスケットボール、サッカーのFW等が有酸素系0%(テキストには0と記載されています)は、あり得ないかと!
ルール変更は有ったとしても、レスリングは1ピリオド2~3分、バスケットボールは1クォーター12分(しかも時間が止まる)、サッカーに至ってはハーフ45分です。有酸素系が0%ということは考えられません。
球技や格闘技では、高いATP-CP能力と高い有酸素能力を必要とする場合が多いです。
また、競技レベルやフィットネスになると話も変わります。100mスイムの場合、フリースタイル(クロール)のトップレベルは50秒程度(ATP-CP系80%, 有酸素系5%と記載)ですが、一般の方であれば、かなり速度は落ち、有酸素系の比率が高くなるはずです(私はまさにそのレベル(+_+))。
ただし、競技スポーツで高いレベルを目指すのであれば、この比率はいい目安になると思います。
ATP-CP系の能力を向上するためのトレーニングに関する詳細は今回は割愛しますが、高負荷短時間でのトレーニングが必要となります。言い換えると、質の高いトレーニングということです。
ATP-CP系のトレーニングは、質の高いものなので、いきなりこの手のトレーニングをメインにすると、きつすぎてモチベーションの低下や傷害リスクが高くなります。
まずは、低強度の有酸素レベルの運動をすることでフィットネスレベルを上げていきましょう。
まとめ
呼び名として、以下の3つを押さえておくといいと思います。
- ATP-CP(PCr)系
- Phosphagen(リン酸化合物)系
- 非乳酸性系
その反応は、
- ATP→ADP+Pi+エネルギー(酵素としてミオシンATPアーゼが必要)
- ADP+CP→ATP+Cr(酵素としてクレアチンキナーゼが必要)
特徴として
- 極めて高い強度の運動
- 極めて短い時間の運動
例として
- ウエイトリフティング
- パワーリフティング(ウエイトトレーニングの1RM)
- 野球のピッチングやバッティング
- ゴルフのドライバーショット
- テニス等のサーブ
- 体操の跳馬
出典、引用、参考
・ストレングストレーニング&コンディショニング第4版@NSCA Japan(BookHouseHD)
・Essentials of Strength Training & Conditioning second edition@NSCA
・ストレングス&コンディショニングⅠ(理論編)@NSCA Japan(大修館)
・トレーニング指導者テキスト(理論編)@JATI(大修館)
・究極のトレーニング@石井直方(講談社)
・エネルギー代謝を活かしたスポーツトレーニング@八田秀雄(講談社)
フィジックスコンディショニングジム
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