特定非営利活動法人 日本トレーニング指導者協会機関誌「JATI EXPRESS」のコラムは優れたものが多く、佐野村学准教授(帝京大・JATI資格認定委員)の「トレーニングの複眼的探求」もそのひとつ、個人的にはこれもまた再編集して書籍化していただきたいコラムです。
このコラムは客観的な数字から考察されているので、非常に参考になります。Vol80~82の3回は、ベンチプレスとプッシュアップの比較研究ですが、特に興味深く、かつわかりやすいデータをまとめ、私見も述べていきたいと思います。
・ベンチプレスに関する記事はこちら
ベンチプレスとプッシュアップの関節運動と主働筋・協働筋
ベンチプレスとプッシュアップの関節運動は基本的には同じと捉えていいと思います。よって主働筋や協働筋にも大きな差はありません。以下に関節運動を記します(コンセントリック筋収縮)。
肩関節:水平屈曲
肘関節:伸展
肩甲骨:外転
脊柱:伸展(固定・Isometric収縮)
主働筋:大胸筋
協働筋:三角筋前部、上腕三頭筋、前鋸筋、腹直筋等
両者の違いは、
ベンチプレス:背臥位・オープンキネティックチェーンエクササイズ(OKC)・背もたれ有り・フリーウエイト種目
プッシュアップ:伏臥位・クローズドキネティックチェーンエクササイズ(CKC)・背もたれ無し・自重種目
ベンチプレスとプッシュアップ時の筋電図活動の違い
この研究では、ベンチプレスおよびプッシュアップをそれぞれ3種類のグリップ幅または手幅の計6種類の筋電図活動の比較をしています。グリップ(手)幅45cmをNarrow, 67cmをMiddle, 89cmをWideとしています。
- ナロウベンチプレス(NBP)
- ミドルベンチプレス(MBP)
- ワイドベンチプレス(WBP)
- ナロウプッシュアップ(NPU)
- ミドルプッシュアップ(MPU)
- ワイドプッシュアップ(WPU)
ベンチプレスの負荷は、WPU時に腕(肩関節)にかかる重量(2つの体重計使用)としています。
データー一覧
表1. ベンチプレスとプッシュアップの各グリップ(手)幅による筋関与率(コンセントリックおよびエクセントリック局面での平均筋電図活動)
NBP | NPU | MBP | MPU | WBP | WPU | |
大胸筋 | 160% | 125% | 145% | 115% | 130% | 100% |
三角筋前部 | 140% | 80% | 130% | 90% | 130% | 100% |
三角筋後部 | 120% | 125% | 110% | 105% | 110% | 100% |
広背筋 | 90% | 80% | 85% | 87% | 80% | 100% |
三頭筋 | 165% | 170% | 140% | 120% | 125% | 100% |
二頭筋 | 120% | 105% | 130% | 100% | 151% | 100% |
腹直筋 | 49% | 100% | 50% | 100% | 53% | 100% |
脊柱起立筋群 | 98% | 95% | 85% | 87% | 95% | 100% |
引用:JATI EXPRESS Vol80のコラム「トレーニングの複眼的探求」のグラフからの推測データ
なお、WPU時の平均筋電図活動を100%としたときの各筋肉の比率になります。
結果
- 大胸筋は、ベンチプレスの方が効果が高く、グリップは狭いほど高い。
- 三角筋前部も、ベンチプレスの方が効果が高いが(NPUはNBPの約60%・MPUはMBPの約40%)、グリップ幅に差は無い(10%程度)。
- 三角筋後部は、ナロウ幅で効果が高いが、大きな差はない。
- 広背筋の関与は少ない。
- 三頭筋は、種目というよりも手幅が関係する(手幅が狭いほど関与率が高い)。
- 二頭筋は、プッシュアップでは手幅はあまり関係なく、ベンチプレスではワイドグリップが肘の屈曲トルクが大きくなる(WBPはWPUの約50%増)。
- 腹直筋は、ベンチプレスの関与率はプッシュアップの約50%である。
- 背筋群は、WPUが最も高いが、差は大きくない。
考察
- 大胸筋および三角筋前部の主腰筋群を鍛えるのは、ナロウまたはミドルベンチプレスが最適。
- ベンチプレスにおける最大(第一)制限因子は三頭筋なので、大胸筋および三角筋前部を鍛えるためにはミドルベンチプレスが効果が高い。
- 広背筋は、姿勢の維持に関与している(脊柱伸展・肩甲骨内転)可能性が高い。
- 二頭筋は、ワイドベンチプレスさらには(ダンベル)フライでの関与が大きくなるが、ベンチプレスにおけるターゲットでは無いので、ミドル以下が妥当。
- プッシュアップをしていれば、一般的に言われている体幹トレーニング(プランク)をする必要は無い(同時に鍛えることができる)。
- 大胸筋および三角筋前部の関与が大きいので、肩の内旋が出やすくなる。傷害予防のために肩の外旋運動は必須となる。
まとめ
大胸筋や三角筋前部を鍛えるためには、筋電図から見てもベンチプレスの方が優れているようです。さらにベンチプレスの場合は、容易に重量を加算できるので上級者になればなるほどその差は顕著になるかもしれません。
また、挙上重量においては、可動域や仕事量の関係で、ワイドベンチプレスの方が上になるかもしれませんが、筋肥大や運動単位(神経系)の改善という点では、ナロウまたはミドルベンチプレスの方が優れていると思います。
大胸筋にフォーカスしたいのであればミドルを、三頭も含めて総合的にトレーニングしたいのであればナロウを採用してもいいかもしれません。
筋肥大や最大筋力においては、後塵を拝しますが、CKCであり自身の身体を動かし、さらに体幹(isometric)を強化できるプッシュアップも捨てがたいエクササイズです。最大筋力が最重要でなく、かつ運動量の高いスポーツであれば、こちらの方が優れているかもしれません。
なお、この研究は、中級以上のトレーニー成人男性12名の結果なので、すべての人に当てはまるとは限りません。いち参考データとして、トレーニングに活用してください。
また、この研究では、協働筋としてそれなりに貢献度の高い前鋸筋や小胸筋(肩甲骨外転筋)のデータが無いのは残念ですね!
小胸筋に関する記事はこちら
・JATI EXPRESS Vol80 トレーニングの複眼的探求@佐野村学
・筋トレエクササイズ事典@有賀誠司
・筋肉まるわかり大辞典1@石井直方
・筋トレまるわかり大辞典@谷本道哉
・筋トレ動き方・効かせ方パーフェクト事典@荒川裕志