以前に幾つか紹介した、特定非営利活動法人 日本トレーニング指導者協会機関誌「JATI EXPRESS」佐野村学准教授(帝京大・JATI資格認定委員)の「トレーニングの複眼的探求」のコラムから今回はVol56の、通常の固定(stable)されたベンチプレスと不安定(unstable)なバランスボール上でのベンチプレスの比較研究について、特に興味深く、かつわかりやすいデータをまとめ、私見も述べていきたいと思います。
繰り返しになりますが、このコラムは客観的な数字から考察されているので、非常に参考になります。個人的には再編集して書籍化していただきたいコラムです。
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ベンチプレスの関節運動と主働筋・協働筋
これも復習になりますが、ベンチプレスの関節運動(コンセントリック筋収縮)および主働筋・協働筋は以下の通りです。
肩関節:水平屈曲
肘関節:伸展
肩甲骨:外転
脊柱:伸展(固定・Isometric収縮)
主働筋:大胸筋
協働筋:三角筋前部、上腕三頭筋、前鋸筋、腹直筋等
ベンチプレスの特徴としては、背臥位・オープンキネティックチェーンエクササイズ(OKC)・背もたれ有り・フリーウエイト種目となります。
安定したベンチプレスと不安定なベンチプレスの筋電図活動と使用重量の比較
この研究では、以下の2パターン(実際には、「ベンチ台の上に小クッションボールを置いた状態でのベンチプレス(USBC)」のデータも記載されていますが、UBPと近い数字が出ているので、ここでは割愛します)での、筋電図活動を比較しています。
- 通常のベンチプレス(以下SBP, Stable Bench Press)
- バランスボール(以下BB)上で行うベンチプレス(以下UBP, Unstable Bench Press on BB)
1の通常のベンチプレス(写真左または上)は、ベンチプレス台を使用した最も安定した状態でのベンチプレスです。
2は、バランスボール上での不安定な状態でのベンチプレス(写真右または下)です。
データー一覧(各筋肉の筋電図活動および使用重量)
筋電図(EMG)の単位であるmVを使用すると、むしろ分かり難くなるので、あくまでも%による比率のみ記載しています。なお、SBP時の平均筋電図活動を100%としたときのUBP時の各筋肉の比率になります。
表1. ベンチ台を使用した最も安定したベンチプレス(SBP)とBB上で行うベンチプレス(UBP)による筋電図活動の比率(コンセントリックおよびエクセントリック局面での平均筋電図活動)
SBP | UBP | |
大胸筋 | 100% | 81% |
三角筋前部 | 100% | 100% |
三頭筋長頭 | 100% | 69% |
二頭筋 | 100% | 100% |
腹直筋 | 100% | 144% |
外腹斜筋 | 100% | 95% |
脊柱起立筋群 | 100% | 80% |
引用:JATI EXPRESS Vol56のコラム「トレーニングの複眼的探求」の記載データまたはグラフからの推測データ
もうひとつ、重要な要素が使用重量です。この研究では、各条件での6RMの重量を比較していますが、
- SBPの使用重量は、85.0kg±15.6kg
- UBPの使用重量は、78.5kg±14.3kg
と約6kgの差があります(UBPはSBPの92.3%の出力)
結果
- 筋出力自体は、安定した方が7~8%高い。
- 大胸筋は、不安定な状態では20%程度低い。
- 三角筋前部は、ほぼ変わらない。
- 三頭筋長頭は、不安定な状態では20%程度低い。
- 二頭筋は、ほぼ変わらない。
- 腹直筋は、不安定な状態では40~50%程度高い。
- 外腹斜筋は、ほぼ変わらない。
- 背筋群は、不安定な状態では20%程度低い。
バランスボール上でのエクササイズはきついのか?
このコラムには、ダンベルベンチプレスでも、安定したベンチ台と不安定なバランスボール上での比較もしており、筋電図活動の数値はベンチプレスと似た数値なのでここでは割愛します。
このダンベルベンチプレスの研究で注目するのは、主観的運動強度では、安定したベンチプレス(Borgスケール12.9/10.8)よりも不安定なベンチプレス(13.5/12.8)の方が、きついと感じていることです。
なお、Borgスケールの前の数字はコンセントリック筋収縮時(挙上時)、後ろの数字はエキセントリック筋収縮(降下時)です。
表. Borg(ボルグ)スケール(主観的運動強度)
Borgスケール | 主観 |
6 | 安静時 |
7 | |
8 | |
9 | とても軽い |
10 | |
11 | まあまあ軽い |
12 | |
13 | ややつらい |
14 | |
15 | つらい |
16 | |
17 | とてもつらい |
18 | |
19 | |
20 | これ以上無理 |
私も、若かりし頃、バランスボール上でのエクササイズは、強度が上がると発信していたこともありますが、気を付けなくてはなりません。
不安定な状態になり、腹筋群の活動が大きくなり(おそらく出力自体も上がっている)、主働筋・主要協働筋(大胸筋、三角筋前部、三頭筋)に関しては、力が出しづらくなっているので、きつく感じるかもしれません。しかし、
実際の使用重量では、10%程度筋出力は落ちています。
すなわち、主働筋・主要協働筋に関しては、明らかに強度が下がっていることになります。
コラム内でも、不安定な状態でのベンチプレスは、主働筋・協働筋の強化というよりも、骨盤を含めた体幹筋の保持安定を狙うリコンディショニングとして有効と結論しています。
また、石井直方教授も著書で、バランスボール上でのエクササイズは「大きな筋肉を鍛えるものではなく、身体の機能を調整することで、体調を良くしたり、ボディバランスを整えることで、長い目で見れば筋力向上にもプラスになる可能性がある」と書かれています。
考察
バランスボール等を使用した上半身が不安定な状態でのベンチプレスは、
- 主働筋および主要協働筋(大胸筋、三角筋前部、三頭筋)の活動は低下し、使用重量も低下するので、全体的には強度は下がる。
- 腹筋群(特に、腹直筋と内腹斜筋)の活動が高くなるので、体幹(狭義のコア)トレーニングとしての効果は高い。ただし、脊柱起立筋群の活動は低下している。
- トレーニングをしていない人が、不安定な状態でのUBP系トレーニングをした場合、過負荷がかかるので筋力向上は期待できる。
- (普段からベンチプレスを行っている)中上級トレーニーの場合は、むしろ強度(出力)が下がるので、長期的には筋力低下につながる可能性が高い。
- (狭義の)体幹トレーニングとしての効果はあるので、補助エクササイズとして活用するか、短期間のトレーニングとして導入することで停滞期等に有効かもしれない。
結果、ウエイトトレーニングの最大の目的である「筋肥大と最大筋力向上」に関しては、通常の安定したベンチプレスが最も有効であることに間違いはないでしょう。
不安定な状態でのベンチプレスでは、「筋肥大と最大筋力向上」に関しては、完全なエラーではありませんが、非効率と言わざる負えないでしょう。体幹強化としての効果はあるものの、長期的にメイン種目としてしまうと、主働筋の筋力低下の可能性が高まるので、個人的には勧められません。
主働筋と体幹筋を同時にトレーニングできるメリットはあるものの、それであれば、安定した状態でのプッシュアップに軍配が上がるのではないでしょうか?
あくまでも、いち補助エクササイズまたはリコンディショニングとして扱うことを勧めます。
まとめ
不安定な状態でのベンチプレスは、安定した状態でのベンチプレス(通常のベンチプレス)と比べて、
- 主働筋・協働筋である大胸筋や三角筋前部、三頭筋の筋出力および筋電図活動ともに劣る。
- 腹筋群の筋電図活動はより活発になる。
- 筋肥大および最大筋力向上というよりも腹筋群のアクティベート等リコンディショニングとして有効
なお、この研究は、中級以上のトレーニー成人男性16名(平均23歳、身長182cm、体重82kg)の結果なので、すべての人に当てはまるとは限りません。いち参考データとして、トレーニングに活用してください。
・ベンチプレスとプッシュアップの比較記事はこちらを参照してください。
・プッシュアップの手幅に関する記事はこちらを参照してください。
・JATI EXPRESS Vol56 トレーニングの複眼的探求@佐野村学
・筋トレエクササイズ事典@有賀誠司
・筋肉まるわかり大辞典1@石井直方
・トレーニングのホントを知りたい!@谷本道哉
・筋トレ動き方・効かせ方パーフェクト事典@荒川裕志
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